オカレノン 短編小説集

ビートルズの曲を題材にした短編小説集です。

『THE WORD』♯3  第1章 Ticket to ride その2

「THE WORD」 著者:オカレノン/okalennon

 

第1章 Ticket to ride  その2

 

3連休初日の午前11時、駅の改札を出ると直ぐに母が待っていた。

友美が近づくと母は「おかえり。」と言った。友美は何も言わずに頷いた。

実家があるマンションは駅から車で5分程だ。

玄関を開けて部屋に入ると友美はリビングのソファにもたれて母に尋ねた。

「今日は誰もいないの?」

「お父さんは朝からゴルフ。楓はサークルに行ったわ。」

友美には6つ下の妹がいる。大学で音楽サークルに入っていると聞いている。

「2人とも夕方には帰ってくると思うから。晩御飯はみんなで食べよ。」

友美はソファから立ち上がると奥にある自分の部屋へ行った。

ドアを開けて中に入ると家を出た5年前とほぼ同じ状態で保たれていた。

机の横にあるベッドに腰掛けて部屋を見渡すと本棚で目が止まった。

友美が買った漫画や小説と一緒にCDが並んであった。本棚に手を伸ばしCDを1枚手に取った。

ビートルズのアルバム”HELP”だ。確か高校の時に買ったものだ。

友美はビートルズのアルバムはこの1枚しか持っていない。

なぜHELPを買ったかというと有名な曲”YESTERDAY”が入っていたからだ。

ただそれだけの理由だ。友美は部屋に置いたままの古いプレイヤーにCDを入れ再生を押した。

1曲目の”HELP”が流れ始めた。友美はベッドに横になって聴いた。

歌詞の意味はよく分からないがジョンレノンが助けてと歌っているのはよく分かった。

ジョンレノンでも助けてと叫ぶほど苦しんでいたのかな?

そんなこと考えながら聞いていると母親の声がドアから聞こえた。

「友美、お昼ご飯よ。」

「はーい。」と返事をして立ち上がりプレイヤーの停止ボタンを押した。

 

夕食前になると父も妹も帰ってきた。

正月以来の家族全員揃っての食事だ。

父はゴルフのスコアも良かったらしくとてもご機嫌そうだ。

「友美の仕事は順調なのか?」

「まあ。」

友美は大好物である母の手作りハンバーグを口にして言った。

「お姉ちゃんなんで今日帰って来たのよ?」

妹の楓は嫌な質問をいきなりど直球でぶん投げてきた。

「たまの3連休なんだから実家でゆっくりしたって良いでしょ。」

「とかなんとか言って彼氏に振られたんじゃないの?」

本当に勘の鋭い妹だなと感心した。そしてそれをずけずけと言えるところも。

「違うわよ。あんたこそ彼氏できたの?」

「いるよ。同じサークルの4年生。彼ねすっごい色んな音楽知っててすごいんだ。」

「へえ。」

友美はとりあえず自分の話題がずれてホッとした。

父はビールを飲みながら気分良さそうにTVを見ながら食べている。

母はずっと話しまくる楓の話に相槌を打ってただ聞いていた。

大学生だったあの頃と何一つ変わっていない日常だった。

またあの頃のように戻ろうかな、と友美は考えながら食べていた。

 

お風呂から出て部屋に戻ると楓がベッドで漫画を読んでいた。

「お風呂空いたわよ。」

友美はタオルを首にかけて言った。

楓は漫画を閉じると友美に聞いてきた。

「お姉ちゃん、本当は彼と別れたんじゃないの?」

「またその話?違うわよ。別れてはないわよ・・。」

「別れてはない?うまくはいってないってこと?」

友美はしつこく聞いてくる妹に観念し、机の椅子に座って本当のことを言った。

「もう2ヶ月くらいお互い連絡すら取ってないの。」

「そうなんだ。お姉ちゃんはもう彼の事が嫌いになったの?」

「・・・・。」

楓の問いに友美は返事が止まった。

そうなのだ。自分の感情がまだはっきりと分かっていないのだ。

だから自分はここに戻って来たのだ。

「ねえ、どうなの?」

楓はもう一度聞いてきた。

友美は口を開いた。

「私は・・・私はまだ嫌いにはなっていない。」

それは自分に言い聞かせるようであった。

 

つづく