オカレノン 短編小説集

ビートルズの曲を題材にした短編小説集です。

『THE WORD』♯7  第2章 We can work it out その1

「THE WORD」 著者:オカレノン/okalennon

 

第2章 We can work it out  その1

 

今日も僕は大学の近くにあるいつもの喫茶店に行った。

昼休みの時間だったので中はとても混んでいた。

カウンターの席が空いているのを見つけると腰掛けた。

少しすると店員の若い女性がやってきた。

「ご注文はお決まりですか?」

僕は日替わりランチを頼むと鞄から文庫本を取り出した。

沢木耕太郎の「深夜特急」だ。

実はこれを読むのは3回目だが何回読んでも面白かった。

本を読んで待っていると日替わりランチが届いた。

僕はそれを食べながら続きを読み始めた。

とても至福の時間だった。

 

僕、二宮俊樹は2年前に田舎から都会の大学に進学した。

高校の時、親からは国公立の大学なら行っても構わない言われた。

成績は良い方ではなかったがそれから勉強し第1志望ではないが何とか合格した。

親も本当に受かるとは思っていなかったらしくとても喜んでいた。

 

大学生活は楽しい訳でもなく、つまらない訳でもなかった。

友達はいなくもないが大学で話す位の仲しかいない。もともと僕は社交性がある方ではなく一人でいる方が落ち着くので特に苦ではなかった。

一人で好きな本や漫画を読んだり空想に耽ったりするのが好きだった。

勿論いままで彼女なんか出来た事もないしそれ以前にまともにクラスメイトの女の子と話したことなんてなかった。

そうやってただただ平凡に毎日を過ごしていたのだ。

 

彼女、倉橋綾乃が僕の前に現れるまでは・・・。

 

つづく

『THE WORD』♯6  第1章 Ticket to ride その5

「THE WORD」 著者:オカレノン/okalennon

 

第1章 Ticket to ride  その5

 

連休2日目のAM11時。
友美は待ち合わせのカフェに着いた。
入口前で少し待っていると恵里香がやって来た。
「友美、ごめんね。待った?」
「大丈夫。私もさっき着いたとこだから。」
そう言って2人はカフェへと入った。

2日前、ランチしようよと誘ってきたのは恵里香の方だった。

恵里香は大学時代からの親友だ。2年前に結婚してから友美の実家の近くにあるマンションに住んでいる。
ちょうど実家に行くついでのタイミングだったので友美は快く誘いに乗った。
友美は恵里香に会ったら色々話を聞いてもらおうと思っていた。

学の頃から恵里香には何でも打ち明ける事が出来きた。誰にも言えない相談もたくさん乗ってくれた。

しかし2年前に恵里香が結婚してからはお互い連絡がめっきりと減っていた。
今日、恵里香に会えたのは友美にとって有難いことであった。

友美はランチをしながら恵理香に相談をし始めた。会社でのこと、そして涼介とのことも・・・。

PM2時。友美はランチから戻り、実家の自分の部屋にいた。

ベッドで枕にもたれ、CDプレイヤーの再生ボタンを押した。

昨日聴いていたビートルズのアルバム”HELP”の続きが流れ始めた。

しばらくぼんやりと聴いていると友美の心に響くメロディーが流れてきた。

友美は気になって立ち上がるとCDの歌詞カードを取ってみた。

Ticket to ride 〜涙の乗車券〜”。なんて切ないタイトルなんだろうと思った。

曲を聴きながら友美は涼介のことを思い浮かんだ。

私と彼ともこの曲みたいな結末になってしまうのかなぁ・・・。

 

PM5時。友美は一人暮らしの自宅へと帰るために母親に駅まで送ってもらった。

母親には晩御飯食べるまでいたらと言われたが遅くなるからと断った。

駅前のロータリーで友美は車から降りようとした時、母は優しく言った。

「友美、またいつでも戻っておいで。」

「うん、ありがとうお母さん。」

 

母親と別れ、友美は切符を買うために改札の自動販売機にお金を入れた。

その時、バッグから振動音が鳴った。

友美は切符を取りながらスマホを取り出した。

画面を見て心臓の鼓動が一瞬止まった。涼介からの電話だ。

 

友美はスマホを耳に当て小さく声を出した。

「・・・もしもし。」

「友美、突然電話してごめん。それと・・・ずっと連絡できなくてほんとにごめん。」

2ヶ月振りに聞いた涼介の声はとても優しかった。

「・・・ううん、私こそごめんね。」

「あのさ・・今から一緒にご飯食べ行かないか?」

「今実家から帰るとこだから時間かかっちゃうけど。」

「大丈夫、待ってるから。」

「うん、駅に着いたら連絡するね。」

そう言って友美は電話を切った。

その瞬間、友美の心の中で忘れかけていた感情が一気に湧き溢れてきた。

涙がポタポタとこぼれ、持っていた切符に落ちた。

少しして友美は涙を拭うと笑顔で歩き始めた。

 

涙で濡れた乗車券を手に持って・・・。

 

第1章 終わり

 

 

 

『THE WORD』♯5  第1章 Ticket to ride その4

「THE WORD」 著者:オカレノン/okalennon

 

第1章 Ticket to ride  その4

 

夜11時、涼介は自宅の賃貸マンションに帰宅した。

部屋に入るなり冷蔵庫の扉を開け缶ビールを取り出した。

そしてリビングのソファに座り一気に飲みはじめた。

半分程飲んで缶をテーブルに置いた。

部下である船木のミスは何とか無事に取引先と話をつけることができた。

涼介を買ってくれている相手先の課長に謝罪と相手先に損のしない交渉を持って今回はと受け入れてくれた。

交渉は涼介の得意とする分野だった。この秀でた能力を会社が必要としているのは涼介自身もよくわかっている。
缶ビールを飲み干すと涼介はそのままソファにもたれ掛かった。

ごい疲労感が一気に襲った。

明日から3連休というのが救いではあった。連休といっても特に用事は入れてなかった。
友美はこの3連休どうするのだろうか?
そんな事を考えながら涼介は睡気に勝てずそのまま眠りへと落ちていった。

特に何もしないまま連休も2日目の夕方に差し掛かっていた。

涼介は昨日と同じ様に自宅でぼんやりTVでスポーツを観ていた。
その時、スマホのバイブ音が鳴った。
手に取ってみると真吾からの電話だった。
真吾は高校時代からの親友で2年前に結婚していた。

その結婚式の二次会で友美とはじめて出会ったのだ。友美は真吾の結婚相手の親友だった。

涼介は少し待って電話に出た。
「もしもし。」
「お、涼介、久しぶりだな。今大丈夫か?」
「ああ、どうしたんだ?。」

「お前さ、友美ちゃんとうまくいってないのか?」

いきなり友美の名が出て涼介は少し沈黙した。

嫁さんから友美のことを聞いて電話をしてきたなと直ぐに察した。

「・・・2ヶ月くらい会ってないかな。別に仲が悪くなったわけじゃない。仕事が忙しいんだ。」

「涼介、仕事が忙しいのはお互い様じゃないのか?会いたくない理由があるのか?」

会いたくない理由か・・・。そんなの深く考えたこともなかった。

「ないよそんなの。ただなんとなくだ。」

「友美ちゃん、仕事のことでもう半年以上悩んでるの知っているのか?。」

「・・・。」

それは知らなかった。いや、知ろうとしなかったのだ。

主任に昇格してからずっと自分のことで精一杯で友美のことを知ろうとしていなかった。

「あのな涼介、お前は真面目でいい奴だし仕事も頑張っているのは親友の俺がよく知ってる。でもな友美ちゃんもお前と同じ位真面目だしとっても頑張っていると思う。もっと話を聞いてやれよ。相談に乗ってやれよ。俺が言いたいのはそれだけだ。すまなかったな急に変な電話しちまって。じゃあな。」

真吾はそう言うと一方的に電話を切ってしまった。

 

「・・・・。」

涼介は心の中で止まっていた何かが動くのをゆっくり感じていた。

それが何なのかははっきりわからない。

でもそれはとても、とても温かいものだった。

 

つづく

 

 

 

『THE WORD』♯4  第1章 Ticket to ride その3

「THE WORD」 著者:オカレノン/okalennon

 

第1章 Ticket to ride  その3

 

その日の夕方、小田涼介は上司に呼ばれて営業先から急いで会社へと戻った。

涼介は某大手自動車メーカーのエンジン部品を手掛けている会社の支店で営業として働いている。

地元ではレベルの高いと言われる大学の経営学部を出て、昔から自動車が好きだからという理由で今の会社に就職した。

営業部を選んだ理由は単純に技術スキルを持っていなかったからである。

入社して8年が経ち現在は営業部のエリア主任を任されている。

 

会社の営業部に戻ると上司の係長である石本がいた。

「係長、戻りました。」

「おお、小田。急に呼び戻して悪かったな。実は困った事が起きてな。」

石本はそう言うと隣の会議室に指をさして小田に合図した。小田は頷いて会議室へ入った。

会議室に入ると部下の船木がいた。見るからに顔が死んでいた。

これは良くない何かがあったな。小田は話を聞く前にそう思った。

石本は立ったままで落ち込んでいる船木の横にある椅子に腰掛けて言った。

「今日な船木担当の取引先の納品日だったんだがこいつすっかりと忘れていたらしい。取引先から昼過ぎに連絡があってようやく思い出して俺に報告がきた。」

「他の支店に部品が余ってないか当たってみたんですか?」

「今どこにも余りはない。最速でも納品は来週中とのことだ。」

「・・・だったらもうどうしようもないじゃないですか。」

「そうだよ。・・・なあ小田すまないがお前相手先に行って来てくれんか?」

また俺か・・・。小田は心の中でそう呟いた。いつものことだ。

「・・・わかりました。俺が話に行ってきます。」

「主任、本当に申し訳ございません!!」

船木は深々と頭を下げて言った。

「・・・起きちまったものは仕方がないだろ。次から気をつけろ。」

涼介はそう言って会議室を出て行った。

涼介は営業車に乗り込むと直ぐに会社の携帯を取り出した。

「お世話になります。〇〇会社の小田です。佐藤課長をお願いしたいのですが。」

 

営業車を運転しながら涼介は色々考えていた。

俺は今仕事を本当に楽しんでいるんだろうか?

入社してからがむしゃらに仕事をしてきた。

時には色々プライベートを犠牲にしてまで働いてきた。でも仕事にやりがいを感じていた。

1年前に主任へと昇格してから少しづつ仕事への思いが変わって来ているのを感じた。

最近ではクレーム処理や会社のミスの謝罪が自分の担当にまでなってしまった。

営業部内で一番取引先と顔が広く、対応が上手いからという理由だ。

確かにそれによって会社の涼介への評価はさらに上がっている。このままいけば3年後には係長になれるだろう。

でも・・。

涼介はふと営業車につけている交通安全のお守りに目が行った。

正月に彼女と初詣に行った時、彼女が買ってくれたお守りだ。

彼女とはもうかれこれ2ヶ月ほど連絡をしていない。

友美は今どうしているんだろうか・・・。

涼介はふとそう思った。

 

つづく

 

『THE WORD』♯3  第1章 Ticket to ride その2

「THE WORD」 著者:オカレノン/okalennon

 

第1章 Ticket to ride  その2

 

3連休初日の午前11時、駅の改札を出ると直ぐに母が待っていた。

友美が近づくと母は「おかえり。」と言った。友美は何も言わずに頷いた。

実家があるマンションは駅から車で5分程だ。

玄関を開けて部屋に入ると友美はリビングのソファにもたれて母に尋ねた。

「今日は誰もいないの?」

「お父さんは朝からゴルフ。楓はサークルに行ったわ。」

友美には6つ下の妹がいる。大学で音楽サークルに入っていると聞いている。

「2人とも夕方には帰ってくると思うから。晩御飯はみんなで食べよ。」

友美はソファから立ち上がると奥にある自分の部屋へ行った。

ドアを開けて中に入ると家を出た5年前とほぼ同じ状態で保たれていた。

机の横にあるベッドに腰掛けて部屋を見渡すと本棚で目が止まった。

友美が買った漫画や小説と一緒にCDが並んであった。本棚に手を伸ばしCDを1枚手に取った。

ビートルズのアルバム”HELP”だ。確か高校の時に買ったものだ。

友美はビートルズのアルバムはこの1枚しか持っていない。

なぜHELPを買ったかというと有名な曲”YESTERDAY”が入っていたからだ。

ただそれだけの理由だ。友美は部屋に置いたままの古いプレイヤーにCDを入れ再生を押した。

1曲目の”HELP”が流れ始めた。友美はベッドに横になって聴いた。

歌詞の意味はよく分からないがジョンレノンが助けてと歌っているのはよく分かった。

ジョンレノンでも助けてと叫ぶほど苦しんでいたのかな?

そんなこと考えながら聞いていると母親の声がドアから聞こえた。

「友美、お昼ご飯よ。」

「はーい。」と返事をして立ち上がりプレイヤーの停止ボタンを押した。

 

夕食前になると父も妹も帰ってきた。

正月以来の家族全員揃っての食事だ。

父はゴルフのスコアも良かったらしくとてもご機嫌そうだ。

「友美の仕事は順調なのか?」

「まあ。」

友美は大好物である母の手作りハンバーグを口にして言った。

「お姉ちゃんなんで今日帰って来たのよ?」

妹の楓は嫌な質問をいきなりど直球でぶん投げてきた。

「たまの3連休なんだから実家でゆっくりしたって良いでしょ。」

「とかなんとか言って彼氏に振られたんじゃないの?」

本当に勘の鋭い妹だなと感心した。そしてそれをずけずけと言えるところも。

「違うわよ。あんたこそ彼氏できたの?」

「いるよ。同じサークルの4年生。彼ねすっごい色んな音楽知っててすごいんだ。」

「へえ。」

友美はとりあえず自分の話題がずれてホッとした。

父はビールを飲みながら気分良さそうにTVを見ながら食べている。

母はずっと話しまくる楓の話に相槌を打ってただ聞いていた。

大学生だったあの頃と何一つ変わっていない日常だった。

またあの頃のように戻ろうかな、と友美は考えながら食べていた。

 

お風呂から出て部屋に戻ると楓がベッドで漫画を読んでいた。

「お風呂空いたわよ。」

友美はタオルを首にかけて言った。

楓は漫画を閉じると友美に聞いてきた。

「お姉ちゃん、本当は彼と別れたんじゃないの?」

「またその話?違うわよ。別れてはないわよ・・。」

「別れてはない?うまくはいってないってこと?」

友美はしつこく聞いてくる妹に観念し、机の椅子に座って本当のことを言った。

「もう2ヶ月くらいお互い連絡すら取ってないの。」

「そうなんだ。お姉ちゃんはもう彼の事が嫌いになったの?」

「・・・・。」

楓の問いに友美は返事が止まった。

そうなのだ。自分の感情がまだはっきりと分かっていないのだ。

だから自分はここに戻って来たのだ。

「ねえ、どうなの?」

楓はもう一度聞いてきた。

友美は口を開いた。

「私は・・・私はまだ嫌いにはなっていない。」

それは自分に言い聞かせるようであった。

 

つづく

 

 

『THE WORD』♯2  第1章 Ticket to ride その1

「THE WORD」 著者:オカレノン/okalennon

 

第1章 Ticket to ride  その1

 

「そっちに戻ろうかな。。」

暗い部屋の中、八神友美は母親にLINEを送りそのまま膝を抱えて蹲った。

午前0時を過ぎても寝れる気がしない。

友美は蹲ったままスマホの画面をずっと見つめていた。

さっき送ったLINEに既読はつかない。

 

友美は5年前に就職のため単身都会へと来た。

実家からはそれほど遠くもなかったが毎日通うには少し距離があった。

会社から一部家賃手当も出たので一人暮らしを始めた。

仕事は銀行員で地元では名が知れた銀行だ。

高校2年から受験勉強を頑張った甲斐もあり地元ではそこそこ難解な有名大学に合格できた。

就職活動も職種はあまり絞らずに有名な企業を選んで何社か受け、たまたま内定をもらったのが今の銀行だった。

入社してからもそつなく仕事をこなしやってきたが今年度の人事異動で新しくやって来た上司が最悪だった。

とにかくモラハラパワハラ、セクハラを日常的にしてくる上司だ。

今のご時世でも平気でこんなことをする人間がいたのかと驚いた位だ。

友美と仲の良い同僚が支店長に本気で相談したことがあったが、その後改善された様子もなく3ヶ月後に同僚は退社してしまった。

 

暗い理由はもう1つあった。

友美には涼介という彼氏がいる。2年前、友人の結婚式の2次会で知り合ったのがきっかけだった。

年齢は友美より3つ上で自動車関連のメーカーに勤める営業マンだ。

付き合い始めた頃は週に1回は会ってデートをしていたが時が経つにつれ、月に2回、月に1回、そしてついに月に0回となった。

涼介の仕事がとても忙しく会える日が減っているのは分かってはいるが、会う度にあからさまに彼の熱が冷めて来ているのを感じ、

友美自身も連絡を控えるようになっていった。もう2ヶ月近く連絡すらお互いない状態にまでなった。

このまま自然消滅してしまうんだろうなと友美は感じていた。

 

友美は蹲っていた膝から顔を上げてぼんやりと前を見つめていた。

しばらくすると、スマホのバイブが鳴り手に取った。

母親からのLINEの返信だ。

「来週の3連休に一回帰っておいで☺️」

友美はこんな深夜の時間に返事がきた事が嬉しかった。そして指を動かし送った。

「うん。」

 

つづく

 

『THE WORD』♯1 序章 Paperback writer

「THE WORD」 著者:オカレノン/okalennon

 

はじめに。

この小説はビートルズの曲名を題としていますが内容はビートルズの話ではありません。

物語中にビートルズの史実に近い内容が出る場合がありますがそこはご容赦願います。

 

 

 

序章  Paperback writer

 

 

星野光はスマホのバイブの音で目が覚めた。

画面を見ると松岡からのLINEだった。松岡は昨年卒業した大学時代の親友だ。

内容は暇なら今日会えないかというものだった。

光はベッドから起き上がると返信を打った。

「OK。何時に何処に行けばいい?」

 

駅前の喫茶店に入ると松岡はすぐに手を挙げて言った。

「おい、光こっちだ。」

光は松岡の座っている店の1番奥のテーブルに近づき向かいに腰掛けて声をかけた。

「卒業以来だから1年振りだな。元気してたか?」

「まあね。お前の方こそ心配してたけど元気そうだな。」

光は大学を卒業して以来就職せずにアルバイト生活をしていた。光には小説家になるという夢があった。

大学時代に幾つかの小説を投稿したが入賞することはなく今に至っている。

コーヒーを一杯口にすると光は言った。

「お前は出版社に就職できたもんな。うちの大学であの会社に就職できるなんて運が良いよ。」

松岡は光の言ったことを聞き流すようにコーヒを飲んだ。

「入ったら入ったで大変なんだよ。俺はお前が羨ましいよ。」

「何言ってんだ。余計に惨めになるからやめてくれ。」

「まあそう言うな。今日お前を呼んだのは仕事をお願いしたいからなんだ。」

仕事と聞いて光は一瞬表情が止まった。

期待してなくはなかったがまさか本当に仕事の話とは思っていなかったので固まってしまったのだ。

「どんな仕事だよ。こんな素人作家にさ。」

「今度俺の担当することになった文学雑誌で小説の連載をお願いしたい。」

「内容は何でも良いのか?」

「内容は決まっている。ビートルズに因んだ小説だ。ビートルズお前好きだろ?」

ビートルズは中学生の時に聴き始め、高校時代はバンドも組んで学祭にも出た経験があった。

「懐かしいな高校時代が。あの時レボリューションを弾いて本当に世の中自分が革命を起こせるんじゃないかって信じてた。」

「俺は会社で内容がビートルズと決まった時、光のことが直ぐに頭に浮かんだんだ。だから最初にお前に話を持ってきた。」

光は何の実績もない自分に声をかけてくれたことが嬉しかったが直ぐに返事ができず黙っていた。

松岡はその表情を見て言った。

「自信がないか。光、言っておくが親友の俺でもチャンスは二度とやらないぜ。」

「・・・。」

しばらく沈黙の時間があった。

「そうか、分かった。じゃあな。」

そう言って松岡は立ち上がりテーブルに置いてあった領収書を取りレジへと向かおうとした。その時、

「待て松岡、やる。その仕事俺にやらせてくれ。お願いします。」

光は頭を下げて言った。松岡は笑みを浮かべながら光に言った。

「親友に頭なんか下げなくて良いよ。よし、では早速打ち合わせといこう。」

レシートをテーブルに置き直すと松岡は店員に言った。

「すみません。コーヒーおかわり2杯お願いします!」

 

松岡と別れ光は家に帰ると早速机へと向かった。

ずっと興奮が止まらなかった。自分の小説がマイナーとはいえ雑誌に掲載されるなんて夢にも思っていなかった。

カバンから打ち合わせに使ったノートを取り出すとノートパソコンを開いた。

「よし。早速書き始めるか。タイトルはもう考えてある。・・・”THE WORD” だ!」

光はゆっくりと最初の一文をタイピング始めた・・・・。

 

序章 終わり